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今年いっぱいで、ジャパハリネットは解散する事になりました。
共にマッドマガジンレコードを離れ、個々に活動をする予定です。
何度もメンバーで話し合いました結果でありますので、どうぞご理解を願います。
9月からのアルバム発売ツアーでライブは最後になりますので、宜しくお願い致します。
長年応援頂きまして、本当に有り難う御座いました。
2007年6月13日
株式会社マッドマガジンレコード
代表取締役 伊賀千晃
メンバーからのコメント
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鹿島 公行
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中田 衛樹
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城戸 健次郎
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中岡 良一
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突然の解散発表でビックリされた方もいたと想います。
正直ファンのみなさんには申し訳ない気持ちがあり、ジャパハリネットには名残惜しい気持ちがあります。
リーダーである僕が自分の気持ちを含めて、みんなの気持ちをまとめきれなかった事にも責任を感じます。
しかし、みんなで前向きに話合って決めた結果だという事と、僕自身この環境でやれる事はないというやりきった感もあります。
ジャパハリネットを始めて8年。
たくさんの事がありました。
長かったと想える時間ではなく、常に走りっぱなしだったと想います。
来る日も来る日も4人で走ってみんなでがんばってきました。
僕達は極端に言えば応援してくれるお客さんのみで成り立っています。
僕等のわがままを応援してもらい、なにかを受けとってもらい、生活ができるという夢を与える事ができる幸せな職業だと自分自身自負しております。
それ故のプレッシャー、それでも迫ってくるスケジュール。
どこのバンドでもいっしょだと想うのですが、僕はバンドの中にいる人間なので少しみんながんばりすぎてしまったのかなっと想ってしまいます。
松山に住んでおきながら、東京中心の仕事をするという良いところもあれば悪い所もある僕等の立場の中で、だんだんと良い環境というものが少なく感じだし、自分達でうまく創れない事が増えてきました。
お客さんとの距離も遠いよりは近い方がいいと想いましたが、近過ぎて色々と考える事もありました。
そんな中で時には嫌だと想う事もあったし、必要だと想えばわざと厳しくしたり無機質に振るまったり、傷つけてしまったりと気づけばそんな事ばかり考える事がありました。
8年という年月がたてば色んな事が変っていきます。
世間の環境、僕自身の想い。メンバーの想い。
それでも僕の中に変らないものがありました。
ジャパハリネットを始めた時の音楽に対する気持ち。
それを伝えきれなかったのが僕自身の力のなさだとも想います。
誰かにとってそれが間違っているのか正しいのか本当の所わかりません。
でも僕は、その事に対してはまじめで不器用でそれのみが存在意義であるような、夢見る子供です。
良い事も悪い事も同時に現実は想ったよりもすぐ目の前にあると感じます。
僕のベランダから見る景色は
いかにも危なそうな怪しい気配の通りがあったり
改造バイクが爆音をならして暴走してたり
酒を飲んで今にも暴れだしそうな若者がいたり
夜なのに加工された光が眩しかったり
とにかく騒がしく、あまり好きではありません。
でも、やっぱり単純に
「星が綺麗だなぁ」
っとそれが一番心に残ります。
そんな事よりも、明日の仕事があったりだとか、悩んでたりするが事あったりだとか、早くお風呂に入って寝ないといけないと想いながら、
「やっぱりさっきの星は綺麗だったなぁ」
っと想ったりしてる自分がいたりします。
だから覚悟しないとそれをもっていかれるような気がします。
それならば星が綺麗だという単純な理由で全ての事を覚悟したいし、それは、きっと過酷なのかもしれないけど、
「星が綺麗だからしょうがない」
っという所におちついてしまいます。
そんな感じで「綺麗な星が綺麗である」っと言える大人になりたい。
これからも音楽は続けて行こうと想います。
それならば、いざメジャーリーグへと言う事で必然的に東の方を目指すと想います。
今一度、お金では買えないものを覚悟して掴みに行きたいと想います。
偉い人になるんではなく、なくてはならない人になります。
終わりというのは命ある限り、ただの始まり。
それぞれの旅立ち。
これからも自分で選んだ道、自分で決めた運命を歩んで行く。
まだまだ自分で選んでいける。
これからもきっと選んで行く。
そして色んな道が開かれる事を願ってのひとまず終わりです。
他のメンバーもそれぞれの道があると想います。
解散するとか言いながら僕も含めてあいかわらず馬鹿な事ばっか言ってワイワイやってます(笑)
だから、これからも色んな事が続いて行くのだと想います。
いやぁ〜わがままな解散声明ですがお許し下さい。
しかぁ〜し!!
アルバムがでるという事はツアーもあるという事で、残りのライブがんばっていきますので応援よろしくです。
本当にわがままでごめんなさい。
それからいつもありがとう。
2007年6月13日
鹿島 公行
今回、突然こういった結果になって、驚いている人も大勢いると思います。
これは、決して短絡的で安易に出した答えではなく、4人でよく話し合って出した答えです。ちゃんと本音で話して、自分自身と向き合って、自分がどうしたいのか、自分がどう思っているのか、この先の人生を考えて、どうする事が一番前に進めるのか。
ただ一つ、僕が僕自身に【答え】を出すにあたっての条件を課しました。それは、「自分が前向きになれる答えを出そう」という事でした。だから、この答えが、今の僕が全てを考えて、思考を張り巡らせて出した、一番前向きな答えです。
僕がジャパハリネットに加入したのは、2000年の事。鹿島君からの電話がきっかけでした。それから、サロンキティを中心にライブ本数が増えていって、ジャパハリネット初の音源、1stデモテープ『ジャパハリネット』を作りました。それが全ての始まりでした。
真夏の暑い時期に回った全国ツアー。ハイエースにギターと手荷物だけ乗せて。色んな人に出会って、それがどんどん繋がって大きくなっていって、その繋がっていったモノが、波にもまれて、空気に触れて、数えきれない程の影響を受けて、この今があります。
ジャパハリネットを生活の一部にしてくれている、人生の支えにしてくれている、疲れた時の栄養剤や息抜き代わりのように思ってくれている、そんなファンの皆には、言葉では言い尽くせれないぐらいの感謝の気持ちでいっぱいです。僕が、自分に自信を持てなくて、不安になったり、迷ったり、立ち止まってしまった時には、いつも皆の顔を思い出したり、送ってくれた手紙やメールを読んだり、僕も常に支えられていました。皆は僕の誇りです。
僕がジャパハリネットをやってきて得た財産は、お金とか知名度とかテレビに出たとかいう、いずれ無くなっていく小さな事ではありません。1人でも100人でも1万人でも10万人でも、人と向き合って支え合って心をぶつけ合ったという事実。履歴書なんかには書けないけど、目に見える形では残らないけど、このメンバーだったから、このチームだったから、前にいてくれたのが皆だったから築く事のできた時間。僕が死ぬまで僕の心に刻まれています。本当にありがとう。
でも、僕の人生はこれで最後ではありません。今、僕の目の前には無数の道と無限大の可能性が広がっています。ここからどういう道に進むのか、どういう 方向に行くのか、それは全て自分次第です。スタートすればゴールがどこかにあるし、ゴールしたらスタートラインがまたあるし、そこからスタートする、しない。僕はまたスタートします。
ジャパハリネットの終演時間まで残りわずかとなっています。僕は最高の幕を最高の形でひいてやろうと思っています。それまで残された時間を、共に楽しみましょう。お互いの為に。
「ありがとうございました。」は、まだ言いません。だから、最後の最後まで、よろしくお願いします。
2007年6月13日
中田 衛樹
歌はスポーツだ。と、僕は思う。
体を動かす事が好き。筋肉痛は嫌い。歌うのが好き。でも声が出ないのは嫌い。そしたら休む、超回復。すると前より強くなる、大きくなる。そしたらまた歌える。そんなわけねえよと言う人もいるはずだから、正解ではないのかもしれんけど、僕はそう思う。
今まで水泳・サッカー・空手・柔道・器械体操、そして音楽をやってきたけど、試合が好きなのは音楽が初めて。僕にとっての試合とは『ライヴ』だ。生まれて初めて試合が好きだったから『これだ!』と思った。ステージに立った僕は無敵で、何でもできると思った。ライバルは自分自身。ライバルは『好敵手』と書く。敵なのに、どこか好き。だから戦い続ける事ができる。その戦いのフィールドは、色んな場所にある。学校・会社・世の中。そのフィールドが変わっても、戦うのは自分自身。僕らは旅人だから自分を探しに出かける事もある。だけど何処かに行けば自分が見つかるんじゃなくて、自分とは自分自身で作っていくもの。だから何処にいても何処に行ってもやる事は変わらないと、父ちゃんは教えてくれた。
次のフィールドが何処にあるのかはまだ分からんけれど、自分自身を作っていこうと思う。
ありがとう。
残された時間で自分たちにできる事を精一杯やるけん一緒に歌おう!
2007年6月13日
城戸 健次郎
ジャパハリネットは解散することが決まりました。
初めてジャパハリネットとしてスティック握ったのは今から約8年前です。松山大学に高校の制服着て練習に行ったりとか、中田君がライブの日に高校までバイクで迎えに来てくれたりとか。懐かしいなぁ〜。時間がたつのは本当に早いです。
今までには、いろんな事がありました。笑ったり怒ったり泣いたり考えたり…。その中で大人になるための試験に何回も挑戦して、その試験が嫌で泣いた時もありました。でも、たまには合格しているのですよ。自分なりにね…。そして、たくさんの人に出会いました。たくさん話したなぁ〜。みんなの顔を思い出していると笑顔のイメージが強いです。なんだか胸が温かくなります。それってこの仕事やっていて、なんて最高なことなのだろう!と思います。そして、何度その出会った人達が持つ活きた夢を見たことでしょう。何度その活きた夢に、優しい顔に背中を押されたことでしょう。最初は、たった4人だったのです。それが繋がって、また繋がっていって。そして、今ではもう4人のジャパハリネットではなくなりました。その事は、僕が持っている2個のうちの1個の誇りです。
そして、もう1つの誇りについてですが、その誇りとは4人としてのジャパハリネットです。今回の解散という結果に対しての過程というのは非常に穏やかなものでした。そして、各々がジャパハリネットというバンドを考え、今現在の自分と十年後、未来の自分を結ぶために悩み、皆で話し合いをしました。それらが、行動としてとることができたのは、関わってくれたみんなのおかげだと思いますし、何より4人でジャパハリネットである証だと思います。そして、4人でジャパハリネットである証を本当の意味で自分たちが理解し、納得し、それらすべての事を確信にしなければならない日がやってくるのは分かっていました。4人が好きで始めたことには違いがないし、それには終わりもあって限界もあります。でも、だからこそ4人で納得して解散することを決めることができました。
そして、ジャパハリネットとして夜を越える事に対して限度ができてしまった今、応援してくれているみんなや、関わってくれたみんなには申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当にごめんなさい。そして、今まで応援してくれて本当にありがとう。
しかし、ありがたいことに僕たちにはまだ時間があります。リリースもあるし、ツアーもあるでしょう。解散は決まりましたが、僕たちがジャパハリネットであることは変わりません。今まで背中を押してもらったぶん、いいライブをしたいです。まだやれることがあるジャパハリネットは幸せです。みんなのおかげです。時間までくれて、本当にありがとう。最後までどうか、見守ってやってください。よろしくお願いします。
2007年6月13日
中岡 良一
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